AIのアイドルはイデアであればいい

AIのアイドルの夢を見た。

といっても、私達が想像しているような人間らしい姿はしておらず、

歌は言語らしいなにか意味のない音声で、

ダンスは三角形を基調とした光と色の明滅だった。

つまり、初期の本当の意味でのAIのアイドルは人間である必要はなく、言語の歌を歌う必要はないということだ。

人形がダンスをする必要はないし無理に人間っぽい動きをする必要はない。

そこに意味を与え、歌詞にし、ダンスにし、偶像を与えるのは、二次創作酒であればいい。

そのための素材やツールは集まっているし、そのための土壌は整っている。

我々はどうもAIにアイドルを指せると言うとアイドルらしい素体を与えて、歌詞と曲を与えようとしがちだ。

しかし、本質的にはそれは逆ではないだろうか?

AIは意味のない言語らしい音声を自由に歌い、ダンスにも見えないような光の明滅をもっと人間離れしたインパクトを与えるのが先出はないだろうか?

そこに意味を与えて歌詞にし、そこに姿を与えてダンスにし、そこに偶像を与えてアイドルにするのは人間の受け手たちがやればいいのだ。

つまり一次創作的なレベルでのAIアイドルは、あくまで人間から隔絶した「イデア」が原作であるべきではないか?

無理にアイドルっぽいイメージを作り、アイドルっぽい歌詞を与え、アイドルっぽいダンスを踊らせて、それを「AIアイドル」と呼ぶのは本末転倒であると思うのだ。

AIはもっと言語から離れて歌い、ダンスから離れて踊り、人間から離れた偶像を「イデア」として人間に与えるべき「原作」として生まれるべきではないだろうか?

そうした工程を経て、「イデアとしての原作」を解釈して、意味を与えて歌詞を作詞し、人間らしい素体に変換してダンスを踊らせ、人間らしい声で歌わせる。

そんな「本質的に人間がやるべき工程は二次創作」としてのAIアイドルがそこにはいた。

なのでそのAIアイドルは、名前は無数に持ち、姿は無数にあり、ダンスは無数に解釈され、歌は解釈された無数の歌詞が存在している。

そんなイデアとしてのAIアイドルが欲しい。

本来の意味でのAIのIDOLはそこにあるのではないだろうか?

そんな夢を見た。

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