三国志 戦争篇 第十三章 関羽の出撃と劉備の覇道

第十三章 関羽の出撃と劉備の覇道

曹操VS劉備(関羽)VS孫権(呂蒙)

219年五月 劉備、定軍山において曹操を打ち破る。

219年七月 劉備、漢中王を自称する。

219年八月 関羽、樊城を包囲する。

219年十二月 関羽、孫権軍に捕らえられ死亡

劉備の大戦略

219年八月、曹操を撃退し、漢中を制した劉備は、荊州を任せている関羽を北上させる。

関羽は荊州の州都である襄陽に進撃を開始する。

漢中より長安を伺いつつ、荊州より曹操陣営を圧迫し、曹操に2正面作戦を強いる戦略であった。

曹操は孫権と濡須口で痛み分け、さらに漢中で劉備に敗れており、その軍も国力も疲弊していると見ての、劉備一世一代の大戦略であった。

これに対して、赤壁の戦いより一貫して曹操に荊州北部の防備を任されていたのが曹仁であった。

周瑜を大苦戦させ、これまで関羽に一歩も引かぬ戦いを見せていた曹仁は、樊城に出て関羽を迎え撃つのであった。

関羽北上の報を受けた曹操は、自らは長安で劉備を警戒するとともに、ただちに于禁と龐悳に七軍を与えて曹仁救援に向かわせたのであった。

于禁は関羽に包囲されている樊城を背後から攻撃し、幾度か交戦する。

そして樊城の北に陣営を構えるが、運悪くここで長雨に祟られ漢水が氾濫し、于禁文則らの陣営を水没させてしまう。

陸地の残る小山に分散した于禁軍は、それぞれ関羽の軍に各個撃破され、于禁は降伏してしまった。

孫権の荊州侵攻

濡須口、漢中と勝利を得られず、さらに許では叛乱が起きていた。

今また天候に祟られて于禁の軍が敗れたと聞いた曹操は、天命が自分を見放したかと考えたであろう。

曹操はかなり弱気になり、荊州に近い許から遷都することを本気で考えた。

だが、ここで曹操の幕僚である司馬懿は、劉備と関羽の快進撃を苦々しく見ている者の存在を指摘する。

その名は孫権。

かねてより孫権と劉備は荊州問題で揉めており、劉備の勢力伸張を素直に喜べない立場にあった。

それだけでなく、この頃孫権は、こじれた外交関係を改善すべく娘と荊州の司令官に過ぎない関羽を娶わせようと提案していた。

しかし、これを関羽は死者を口汚く罵って拒否するという態度に出たのである。

外交的にも個人的にも面子を潰された孫権は、曹操陣営の誘いに乗り、関羽の背後を攻撃する要請に応じる。

濡須口において孫権は漢に臣従する形で和議しており、この時点では外交的に孫権は親曹操といってもよかった。

またこれを機会に念願の荊州を獲得する利もあり、応じない理由は彼にはなかった。

孫権は呂蒙と陸遜に荊州攻撃を命じる。

この奇襲作戦は、関羽も劉備陣営もまったく予想しておらず、完璧に成功。

またたくまに江陵を占拠する。

これに応じて、劉封、麋芳、孟達といった荊州各地を守っていた武将たちが、次々と孫権陣営に帰順してしまうのである。

彼らは関羽の傲慢さに愛想を尽かしており、また、豪族出身の彼らが劉備に絶対の忠誠を誓う理由もなく、帰順は当然であった。

かくして、根拠地である荊州を失陥した関羽は補給線断たれ、また兵士たちの逃亡が相次ぐ。

これに対し、曹操軍は反撃を開始。

于禁に続いて荊州救援に派遣された徐晃を先鋒として、関羽本隊を撃破するのである。

逃亡した関羽は、やがて孫権軍に包囲され、捕縛される。

219年十二月、関羽は斬られ、荊州は孫権の領土となる。

関羽の進撃開始からわずか3ヶ月。

あまりに短すぎる劉備の絶頂期であった。

曹操対劉備……対孫権

二正面作戦

複数の方面で同程度の戦力を展開し、敵の戦力と対応力を二分割させる作戦。
劉備が益州を制圧して、三国鼎立時代を形成した直後の展開ほど、『三国志』の世界を通じて、軍事外交の両面に二転三転するダイナミズムにあふれた時はなかったであろう。
漢中において曹操を退けた劉備は、一転して曹操に対して逆襲を開始する。

彼は漢中に駐屯して、長安に曹操本軍と対峙し、曹操自身を拘束する。

その隙を突いて荊州の関羽軍を北上させたのである。
つまり、劉備は曹操に対して、長安方面と荊州方面において二正面作戦を強いたのであった。

普通、二正面作戦とは、兵力が過大な側が弱小な側に対して、その対応力を超えた戦力を叩きつけるために行なわれる。
このときの劉備と曹操の戦力は、依然として曹操側が強大であり、それだけを見れば非常識であったかもしれない。

しかし、劉備は十分な公算があって、この戦略を実行したのである。

その勝機は前述したとおり、曹操軍の偏った指揮系統にあった。
曹操を長安に拘束すれば、曹操軍は、途端に精彩を失う。

曹操軍の最大の弱点で多方面に軍を展開させ、曹操一人の対応力を超えることである事を劉備は熟知していた。

まさに、この時点での劉備は、曹操陣営の最大の弱点を突いたのである。
漢中で敗れた曹操は、軍を再編成させるとともに、劉備の侵攻を警戒せざるを得ない。

さらにこの前年には許都において、吉本、耿紀らの叛乱が起きており、曹操の統制力がもっとも落ちていた時期でもあった。
おそらく劉備在世時から蜀一国の歴史のおいて、唯一の曹操や魏に対する勝機とも言えた戦いが、この作戦であったろう。
事実、曹操が関羽に攻撃された曹仁救援のために派遣した于禁の軍は敗れ、曹操は遷都を口にするほど危機感を覚える。
だが、結局のところ孫権が荊州に侵攻し、関羽の背後を突いたことで全ての戦略は瓦解する。
この戦略を破綻させたのは、他ならぬ荊州方面軍の司令官である関羽であった。

この重要な役割を担える人物が関羽しかいなかったのが、劉備の不幸であった。

関羽は孫権との外交関係で破壊し、さらに後方支援の将たちを痛罵し、双方ともに裏切られてこの作戦を破綻させる。
劉備はもっとも向かない人物にもっとも重要な役割を与えてしまった。

とはいえ、劉備陣営において、格においても信頼度においても、挙兵当時から常にナンバー2であった関羽以外に、これだけの権限や兵力を預けられる人物がいなかったのも事実である。

そして、明確なナンバー2として関羽がいたからこそ、展開できた作戦でもあった。

しかし、その期待を完全に関羽が裏切ってしまった事に劉備陣営の不幸があったと言える。
曹操陣営に曹操が一人しかいないという弱点を突いた作戦ではあったが、劉備陣営にも劉備は一人しかいなかったのである

関羽(字・雲長)

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関羽と劉備の関係

劉備陣営の編成を見ると、関羽という存在は、あまりの異質さに際立って見えないだろうか?

一般に劉備の義兄弟として、誰よりも劉備に対して忠誠を尽くし続けた赤誠の武将として関羽は知られている。

しかし、実際のところ関羽と劉備は主従関係というよりも、限りなく対等に近い同盟者であったようだ。

呂布滅亡後、劉備は曹操から徐州を奪い独立している。

しかし曹操はすぐさま劉備を攻撃して、劉備は袁紹の下に逃亡してしまう。

しかし、下邳を守備していた関羽は、曹操軍に包囲され、劉備の妻子ともども降伏してしまっている。

この時の関羽は、劉備の主従であるというより同盟者として劉備の妻子を保護するという立場をとっており、独自に曹操と外交の末に降伏している。

その後、関羽は漢より爵位を受けるなど、劉備の臣というより一人の独立勢力の主としての扱いを曹操より受けおり、周囲にとっても劉備と関羽は主従ではなく同朋といった立場であると認識されていたようである。

そう考えると、自尊心の高い関羽が曹操に“臣従”せずに“同朋”である劉備の所へ戻ったのも理解できるだろう。

関羽という人物は、劉備も含めて決して他人に臣従する事を潔しとする人物ではなかったのである。

関羽の巨大な権限

そう考えると、荊州を任された関羽の権限の大きさが理解できる。

荊州の主として関羽は独立した外交権限すら持っていた。

これは他の陣営には見られない劉備陣営の特徴であり、強みでもあり最終的には弱点ともなった部分である。

劉備が益州を得て以降、荊州の領土問題において関羽は孫権陣営とほぼ対等の立場で外交を行なっている。

なにしろ、215年には孫権軍と関羽軍で武力衝突が勃発しかけ、魯粛と関羽が単独で外交交渉して危うく難を逃れているといった自体まで引き起こしているのだ。

さらに孫権は関羽に対して娘を娶わせようとまでしており、やはり関羽が独立勢力として見られていた事が伺える。

この交渉、劉備陣営にしてみれば絶対に孫権と無意味に敵対するのを避けるべきであるが、なんと関羽はこれを蹴ってしまっている。

219年、関羽は劉備の漢中平定に呼応して北上し、曹操に対して二正面作戦を強いている。

こういった遠隔地で両面作戦を取れるのは、まさに関羽が独立して動ける権限を持っていたことの強みであり、曹操に指揮権が集中していた曹操陣営の弱点を見事に突くものであった。

しかし、周知のとおりこの戦いは関羽の態度に怒った孫権の荊州侵攻と、荊州を守備していた武将たちの裏切りにより戦線が崩壊し、関羽は斬られる。

関羽の孫権に対する外交姿勢は、劉備陣営の孫権と結び曹操に対抗するという、大戦略を崩壊させるものであり、関羽に外交権限まで与えていた事が完全に裏目に出た結果であった。

さらに次々と造反者が出た理由も同様だ。

関羽は荊州の主として配下を扱ったが、麋芳や傅士仁たちにとって関羽はあくまで同僚であり、自分たちの主は劉備であると認識していたという温度差によるものであったろう。

関羽の北上作戦は、関羽の持つ巨大な権限あってのものだったが、同時にその歪みが命取りともなった戦いでもあった。

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