兄弟詠う 曹丕と曹植

曹丕と曹植の詩をあえて最大限に拡大解釈して、彼らの詩が、互いを思う詩であったと繋げていった話。そんなロマンチックな兄弟ではないと思うけど、逆にこういうロマンチックな兄弟であったかもしれんだろ、という思い。個人的には、かなり好きな作品。うまく詩がつながったと思う。

兄弟詠う 曹丕と曹植

決して仲の悪い兄弟ではなかった。

いや、弟は剣をとっては師を圧倒し、詩を賦しては父に譲り、華やかに帝都の豪族の子弟たちと交わる兄に憧れ、兄は父や自分をも圧倒する詩才をもった弟を愛した。

『名都篇』 曹植

名都多妖女 名都妖女多く        都に色っぽい女が多いように
京洛出少年 京洛少年を出す       粋なる若者たちも都から出る
寶劍直千金 宝剣、値千金        千金の宝剣を帯びて
被服麗且鮮 被服は麗しく且つ鮮やか   服は最新流行の粋っぷり
鬥雞東郊道 鶏闘わす、東郊の道     東の郊外で闘鶏に熱中し
走馬長楸間 馬走らす、長鍬の間     並木道では乗馬を愉しむ
馳騁未能半 馳騁、未だ半ばせざるに   彼らが愉しんでいる最中
雙兔過我前 双兎、我が前を過ぐ     2匹の兎が現れた
攬弓捷嗚鏑 弓を取り鳴鏑をつがえ    素早く弓に鏑矢をつがえ
長驅上南山 長駆、南山に上る      一気に南山まで追い詰める
左挽因右發 左に挽き因って右に発し   右手で弦を引き右へ一発
一縱兩禽連 一度縦って、両禽を連ぬ   見事に一矢で二匹をモノにした
餘巧未及展 余巧、未だ展ぶるに及ばず  それでも物足りないので、
仰手接飛鳶 手を仰げ、飛鳶を接る    今度は飛んでる鳶も射止めたぞ
觀者咸稱善 観る者、みな善しと称え   観ていた者たちはやんやの大喝采
眾工歸我妍 衆工、我に妍を帰す     周囲の腕自慢たちもかぶとを脱いだ

歸來宴平樂 帰来して平楽に宴す     さあ、帰れば平楽宮で大宴会だ
美酒斗十千 美酒は斗、十千なり     美酒はなんと一万銭もする代物
膾鯉[月儁]胎蝦 鯉を膾にし、胎蝦を羹にし 鯉のなますに子持ちエビのスープ
寒鱉炙熊蹯 鱉を寒にし、熊蹯を炙る   スッポンの味噌漬けに熊の掌のステーキ
鳴傳嘯匹侶 ともに鳴き、匹侶と嘯き   大声の喝采と口笛が吹きながら
列坐竟長筵 坐に列して長筵を竟む    長い竹のむしろに並ぶ
連翩擊鞠壤 連翩、鞠と壤を撃ち     宴の後は蹴鞠に独楽回し
巧捷惟萬端 巧捷、惟れ万端なり     何をさせても玄人はだし
白日西南馳 白日、西南に馳せ      やがて陽が西南に落ちる
光景不可攀 光景、攀むべからず     時の流れだけには逆らえず
雲散還城邑 雲散して城邑に還り     若者たちは三々五々と解散する
清晨復來還 清晨、復た来り還らん    また、明日も朝から愉しむために!

弟ははっきりと兄を慕い、凛々しく都の公子として君臨する姿を詠った

しかし、父が覇道を進み魏国の王となり、やがては漢王朝をも覆さんばかりの勢威を示すにつれ、彼らはただの仲の良い兄弟ではいられなくなっていく。

それでも長子相続の原則を守り、長男である兄にすんなり王太子の座が譲り渡されれば問題はなかったのだが、何故か父は兄に中々その座を授けようとはしなかった。

その理由は一人の美女にあった。

美女篇  曹植

美女妖且閑   美女 妖にして且つ閑なり、

采桑岐路間   桑を采る 岐路の間。

柔條紛冉冉   柔条 紛として冉冉たり

葉落何翩翩   葉 落つること何ぞ翩翩たる

攘袖見素手   袖を攘げて素手を見わせば、

皓腕約金環   皓腕 金環を約す。

頭上金爵釵   頭上に金爵の釵、

腰佩翠琅カン   腰には翠の琅カンを佩ぶ

明珠交玉體   明珠 玉体に交い、

珊瑚間木難   珊瑚 木難に間わる。

羅衣何飄飄   羅衣 何ぞ飄飄たる、

輕裾随風還   軽裾 風に随って還る。

顧ヘン遺光彩   顧ヘンすれば光采 遺まり、

長嘯氣若蘭   長嘯すれば気 蘭の若し。

行徒用息駕   行徒は用って駕を息め、

休者以忘餐   休者は以て餐を忘る。

借問女安居   借問す、「女 安くにか居る。」

乃在城南端   「乃ち 城の南端に在り。

靑樓臨大路   靑楼 大路に臨み、

高門結重關   高門 重関を結ぶ。」

容華耀朝日   容華 耀くこと朝日のごとく、

誰不希令顔   誰か 令顔を希わざらん。

媒氏何所營   媒氏 何の営む所ぞ、

玉帛不時安   玉帛 時に安んぜず。

佳人慕高義   佳人 高義を慕い、

求賢良獨難   賢を求むる 良に独り難し。

衆人徒嗷嗷   衆人は徒に嗷嗷たり、

安知彼所觀   安んぞ 彼の観る所を知らん。

盛年處房室   盛年 房室に拠り、

中夜起長歎   中夜 起ちて長歎す。

なまめかしくしとやかな美女が、

分れ道のところで桑を摘んでいる。

若い枝がなよやかに揺れると、

ひらひらと葉がこぼれ落ちる。

まくりあげられた袖口からのぞいた

白い腕には金の腕輪。

髪には雀の形の金釵、

腰には翡翠色の佩玉。

真珠を連ねた飾り紐が玉の肌にまつわり、

その真珠に赤い珊瑚や青い木難が入り混じる。

薄絹の衣の軽やかなこと、

風に吹けばもすそがひらひらとひるがえる。

振り返る目もとは涼しく、

口笛を吹けば息に蘭の香りがただよう。

道行く人は思わず車を止め、

腰をおろして休んでいる人も食事を取ることを忘れてしまう。「あの人のすまいは?」と、こころみにたずねてみると、「あの人のお屋敷は南門のそば、

大通りに臨んで

厳重な門構えの奥」との答。

あの光り輝く朝日のような美貌を見て、

妻にと求めないものがあろうか。

仲人は何をしているのだろう

結納がすんだ話はまだ聞かない。

彼女は見識豊かな紳士を夫にと望んでいるが、

そのような相手はなかなか見つからぬもの。

ひとはその彼女の気持を知らず、

ただわいわい騒ぐだけ。

彼女はあたら青春を閨房に閉じ込め、

夜半、眠れぬままに床を出て長歎息するのである。

官渡において父が破った袁紹の息子の人袁煕の未亡人である甄氏。

かつて兄は、中原随一として名高いこの美女を父と争い、父を出し抜いて自分のものとした。

それだけならば、女一人で国家を左右するほどの愚かな父ではない。

問題は女の恨みではなく、その甄夫人が身ごもった子にあった。

身ごもった時期を考えるとその子は前夫の子なのか? 今の夫の子であるのか定かでなかった。

兄の子が袁氏の血であるのか誠に兄の子であるのか定かではないが故に、父は兄に太子の座を与える事を躊躇ったのだ。長子相続を原則とすれば、当然その兄の子が魏を継ぐ事になる……。もしかすると父の血を継がぬ子に。

それでも兄は甄氏を捨てようとはしなかった。

兄嫁なのに心が惑うほどの、その美貌を見ると弟も兄の気持ちがわかるようであった。

そして、不幸にもこの父の躊躇いが、仲の良かった兄弟を引裂いていく。

強大な魏国の覇権。

そのおこぼれを預かろうとする者たちが兄弟の周囲に集まっていく。そして弟の側には、現在主流派と言えない者たちが集まって、弟をかつぐ事で時代の主流派たろうと画策していくのだ。

兄弟の思惑とは裏腹に王家は二派に分かれて争う事となる。

「短歌行」曹丕

仰瞻帷幕 仰いで帷幕を瞻(み) 
俯察几筵 俯して几筵(きえん)を察(み)る
其物如故 其の物故の如く
其人不存 其の人存せず
神靈倏忽 神霊倏忽(しゅくこつ)として
弃我遐遷 我を弃(す)てて遐遷(かせん)す
靡瞻靡恃 瞻(み)る靡(な)く恃(たのむ)靡く
泣涕連連 泣涕(きゅうてい)連連たり
幼幼遊鹿 ゆうゆうとして鹿遊び
銜草鳴麑 草を銜(ふく)み麑(げい)鳴く
翩翩飛鳥 翩翩たる飛鳥
挾子巣棲 子を挟(さしはさん)で巣棲(そうせい)す
我獨孤煢 我独り孤煢
懷此百離 此の百離を懐(おも)う
憂心孔疚 憂心はなはだ疚(や)ましく
莫我能知 我を能く知るもの莫(な)し
人亦有言 人も亦言える有り
憂令人老 憂え人をして老いしむと
嗟我白髮 嗟(ああ)我が白髮
生一何蚤 生ずること一(まこと)に何ぞ蚤(はや)き
長吟永歎 長吟永歎し
懷我聖考 我が聖考を懐う
曰仁者壽 仁者寿なりと曰うも
胡不是保 胡(なん)ぞ是れ保せざる

顔をあげて帷幕を見 
顔を伏せては几筵を見る
それらの物は以前のままの姿だが
あのお方はもういらっしゃらない
その魂魄はもうたちまちに
私を奔てていってしまわれた
もう姿を見ることも頼りにすることも出来ない
ただただ泣き尽くすばかり
ゆうゆうとないて遊ぶ鹿は
草を口に含み子の為に鳴いている
ひらひらと飛ぶ鳥は
巣を作り雛を抱いている
私一人が孤独だ
この永遠の別れを思い
憂う心はますます降り積もる
だがこの私の心を知る者はいない
昔の人はこう言っていた
「憂いの心が人を老けさせる」と
ああ、私の頭には既に白髪が
まだ白髪になるには早過ぎるというのに
長吟永歎し
聖徳をもった我が亡父を思う
「仁者は長く生きる」というが
どうして我が父はこのとおりにならなかったのだろうか

偉大であった父の死。

それは兄弟が兄弟でいられる最後の絆の死でもあった。

望むと望まざるにも関らず、父の後を継いだ兄は一定の勢力を集めていた弟を追放せねばならなかった。

兄は父が果たせなかった王朝の革命という大役を果たさねばならない。そのためには王家の勢力を分割しかねない要素は全て取り除いておかねばならなかった。

厳然と兄は弟を処断し追放する。

そしてもうひとつ、兄が父に後継を遠ざけられた理由も処分しておかねばならなかった。

兄の子、次代の王朝の帝となる子に、血統の疑いを持たせる事はできなかったのだ。兄はその秘密を知る夫人を殺害してしまう。

『七哀詩』 曹植

明月照高樓 明月高樓を照らし    月の光が高楼を照らし
流光正徘徊 流光正に徘徊す     流れる光がまるで移ろうようだ
上有秋思婦 上に秋思の婦有り    高楼の上に婦人が独り
悲歎有餘哀 悲歎餘哀有り      悲嘆に暮れている
借問歎者誰 借問す歎ず者は誰ぞ   思わず聞く、「なぜ、そんなに嘆くのです?」
言是客子妻 言う是客子の妻     彼女は言った、「私は旅人の妻です」。
君行踰十年 君行きて十年を踰え   「あの人が旅に出て十年を数え
孤妾常獨棲 孤妾常に獨り棲み     私は独りここで待ってます
君若清路塵 君は清路の塵の若く    あの人は道に舞う塵のようで
妾若濁水泥 妾は濁水の泥の若し    わたしは水の中の泥のよう
浮沈各異勢 浮沈各勢いを異にす    同じようなものなのに浮き沈みは全然違う
会合何時諧 会合何れの時に諧わん   何時になったら逢えるのでしょう?
願為西南風 願わくば西南の風と為り  できるなら、西南の風になって
長逝入君懷 長逝して君が懷に入らん  遠くあの人の懐に抱かれたい
君懷良不開 君が懷良に開かずんば   でも、もしあの人が抱いてくれなかったら
賤妾當何依 賤妾當に何にか依るべき  私はいったいどうすればいいの?」

わずかな領地を与えられ、事実上の追放の身となった弟は、同じ父母の下に生まれながら、引裂かれた兄弟の気持ちを孤独を一人の女に託して、詩に賦する。

君若清路塵 君は清路の塵の若く    あの人は道に舞う塵のようで
妾若濁水泥 妾は濁水の泥の若し    わたしは水の中の泥のよう
浮沈各異勢 浮沈各勢いを異にす    同じようなものなのに浮き沈みは全然違う
会合何時諧 会合何れの時に諧わん   何時になったら逢えるのでしょう?

あえて自分の思いを旅人の妻に例えたのは、断腸の思いで兄が殺した甄氏を悼む気持ちもあったのだろう。

弟の詩はやがて都の兄にも伝わっていく。

ただの女々しい詩として嘲り笑う侍臣たちの中で、ひとりだけ兄はその詩に託された思いを正確に読み取り、一人歎息する。

そして、雑詩に託してその返歌を歌い上げるのであった。

雑詩 曹丕

西北有浮雲 西北に浮雲あり       西北に浮雲があった

亭亭如車蓋 亭々として車蓋の如し    まるで車蓋のように見事な雲だったのに

惜哉時不遇 惜しい哉 時に遇わず    惜しいことに折悪しく、

適與飄風會 適適飄風に会う       旋風に遭ってしまった

吹我東南行 我を吹きて東南に行かしめ  私も風に吹かれて東南へ

行行至呉會 行き行きて呉会に至る    行くうちに呉・会稽の地についてしまった

呉會非我郷 呉会は我が郷にあらず    呉・会の地は我が故郷とあまりにかけ離れ

安得久留滯 安んぞ久しく留滞するを得ん 長く留まってられる地ではない

棄置勿複陳 棄置してまた陳ぶること勿らん ああ、しかしもう何も言うまい。

客子常畏人 客子は常に人を畏る     どこへ行っても旅人は他人に心を許せぬ事には変わりないのだから

王家に生まれたが故に弟を追放し、妻を殺して、王朝の革命を成し遂げた兄。

しかし、それで得た魏帝という地位は、見知らぬ土地に流浪する旅人にも似て不安に苛まれ、そして誰にも心許せぬ孤独な立場でもあった。

この詩は曹丕は誰にも見せずにそっとしまい込む。

後年、曹丕の死後、曹植は兄の形見の中にその詩をみつける。

そして、兄弟二人以外には誰にもわからぬ涙を流す。

決して仲の悪い兄弟ではなかった、弟は兄に憧れ、兄は弟を愛した。

しかし、覇道を行く家に生まれた運命が、兄弟を引裂き、彼らを互いの敵とした。

彼ら二人はそんな運命を密かに詠い、己の思いを互いに詩として託した。

彼らの思いが正しく伝わっているかは定かではない。

ただ、そんな兄弟が歴史の中にいた。

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