代漢者当塗高について

なんかWikipediaでも袁術の項目に「代漢者当塗高」について「「塗」には道という意味があり、自分の名の「術」、字の「路」も道という意味があるため、当塗高は自分を指していると考えた」って書いてあるのでこれは呉回だと思う。

そもそも袁術や袁紹の祖先に「轅 濤塗(えんとうと)」という人物がいて、

彼が、「轅濤塗の子孫も代々陳に仕えたが、紀元前484年、子孫の一人である轅頗が陳から鄭に亡命し、陳の大臣としての轅氏は終焉を向かえた。その後、轅頗の子孫は袁氏を名乗るようになり、さらに前漢末期から後漢初期に汝南袁氏陳郡袁氏の二族に分かれた。この二族はそれぞれ大いに繁栄した。汝南袁氏は後漢時代に三公を多数輩出し、四世三公と称された。また、後漢末期には袁紹袁術が出現し、それぞれ群雄として地方に割拠した。一方陳郡袁氏は魏晋南北朝時代南朝の権門として栄え、数多くの人物が官僚や文人として活躍した。」

というように袁氏の先祖になっている。

つまり「代漢者当塗高」は彼の子孫を指していると袁術や袁紹は考えたわけで、むしろ「塗」には道という意味があり、自分の名の「術」、字の「路」も道という意味があるため、当塗高は自分を指していると考えた」って解釈よりこのほうが自然でしょ?

『三国志』や『後漢書』ばかりでなく、他の史書も読もうね。

ちなみにはじめての三国志のこれパクって「路に当たって高し」とか陳舜臣の解釈そのまんま書いてる。

だからダメなんだよ(笑)

普通に中国史調べれば、袁氏の先祖にそのまんま当塗がいるんだよね(笑)

ちなみに轅氏はそのまんま軒轅氏に繋がる家系で、袁氏は黄帝の子孫とも言えるんだよ。

まさに土徳の黄色で三皇五帝の最初の黄帝に繋がるわけ。

皇帝名乗ってもいいってなるよね。

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