生まれとゲームの出会い

1973年(昭和48年)5月23日、父大澤良昭、母大澤千代子の長男として生まれる。

茨城県水戸市千波町。だいたいこの位置今は跡形も何もない。

父が死ぬまで知らなかったが、母は後妻で長男だと40歳の頃まで思っていたが、後妻の長男であったし。父の繊細とその家族は絶縁しており、新でも一切の通信も連絡もなかったので、父が死ぬまでそのことを知らなかった。

最も最初にある記憶は、夏に蟻の羽虫がコンクリートのどぶ板に集っていた光景。特に意味もない光景だが記憶にある。たぶん、私の人生に何の影響も与えなかった記憶。

生まれたのは千波町の貸家で、隣にジンマートという後の伊勢甚グループのスーパーマーケットがあった。

私はいわゆる天才児で3歳の頃にはカタカナとひらがなとアルファベットを全部読み書きできたらしい。IQも数字ではなくIQ偏差値で75あったらしい。

そのためか父が異様に教育熱心となり、物心付く前から英語の塾と水泳教室に通っていた。

だが生まれついての勉強嫌いでもあり、特に勉強しなくてもなんでも出来てしまったので、その後高校卒業まで、勉強も塾も宿題や家庭内の学習を一切しないまま育ってしまった。

小学校1年生の頃だったと思う。

これからは英語とコンピューターだ! と思った父(進んだ父に思えるが、わりと将来は英語とコンピューターの時代になるというのは1970年代のテレビでも言われていた)からシャープのMZ-1200というパソコンを買い与えられ夢中になる。

このMZ-1200というパソコンは、当時としては画期的なモニター(!)とカセットテープの外部記憶装置、メモリ12キロバイトもあったオールインワンタイプのコンピューターであった。今だとものすごい画期的なコンピューターだったと思うのだがMZ80Kの一機種として扱われているらしい。14万8000円、当時としちゃ安い気がする。

シャープはこのオールインワンをもっと打ち出せばよかったのにと、今では思う。

MZ-1200(1982年6月発表/148,000円)

当時のパソコンはマニュアルからして、コンピューター入門のようにわかりやすく書いており、最低限のBASICの気道まではほんのように描かれていてわかりやすかった。

MZ1200はクリーンコンピューターというアーキテクチャーであり、当時流行していたOSのBASICがROMに入っておらず、起動のたびにいちいち5分ぐらいかけてBASICをLOADしなければならなかった面倒くさいパソコンであった。

その頃は千波にあった本屋でハドソンのカセットテープに収録されたゲームが1500円で売られていたのを買ったり、自分で本屋で買ったプログラム集でBASICでプログラムを書いたり、NHKでやっていた『マイコン入門』の本を買ったりして自分でいろいろプログラムを入力して、カセットテープに録音して保存していた時代。

最近になって岩崎さんにいただいたハドソンのソフトの広告を添付しておく

BASICのプログラムは自分でチートできたので、いろいろ数字いじったりするのはこの頃からやっていた。

たまに機械語のプログラムもあって、これはさすがにいじれなかった。

この頃に初めてのエロゲー『ハドソンの野球拳』と出会うが、あまり遊ばなかったと思う。ただオナニーは3歳の頃すでに覚えていたので、オナニーはしたと思う。

日本最古のエロゲー / ハドソンソフトの野球拳 / レトロゲーム / The oldest erotic game in Japan【MZ-1200】

夢中になったゲームは『オイルフィールド』という石油探索ゲーム。

レトロゲームMZ-80 OIL FIELD

あと😑のインベーダーを撃ち落とす機械語で描かれた縦スクロール(!)シューティングゲーム。このゲームはMZ-1200というよりMZ-80系シリーズで「縦スクロールシューティング」ができたという、今にして思うとすごいゲームだと思うのだが名前は忘れた……。

だから私のゲーム歴は1982年頃始まったと思う。以来40年ゲームをやっている。

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