被害者意識はともすれば攻撃的になる

どうも最近ネットで感じるのが、「オタクは迫害されてきた」からという被害者意識の高い言論が増えてきたなというものです。

それ自体は悪い事ではないのですが、その被害者意識が嵩じるあまり攻撃的になっている人を良く見かけますし、なんだから創作物の観点も「被害者意識による攻撃力」を無自覚に出してしまっているような作品が多くなって、少しく心配になっています。

「被害者ならば加害者をどのように酷い目に遭わせてもいいのか?」

というのはわりと古来からある文学的な命題なのですが、これを自覚して描いている作品ならいいのですが、被害者意識だけに拘泥して、ただのルサンチマンやフラストレーションを晴らすだけの物語には、かなり危ういものを感じています。

なぜなら、歴史上の先導者はいつだって「君たちは被害者だ! だから加害者をやっつけよう!」という扇動を始めるからで、実はそれに近いような事が実際に現代日本でも行われているように思うのです。

確かに被害者意識で自分を守るのは心地いいかもしれません、しかし、それだけに拘泥してしまうと、被害者意識は簡単に自己を加害者に変貌させるものなのです。

他人の言論や創作物を見る時に、そのあたりの自覚とバランスが取れているか? を考えて見ると、わりと道を誤らないような気がします。

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