棄てられた世代として生きてる

まあ、1973年生まれの45歳で非正規なわけです。

妻も子も作れませんでしたし、正規雇用につけていませんし、年収も低いです。

まあ、私の場合はいいんですよ。

私のケースは、若い頃に作家になりたいという夢を追って生きてきて、大学へもイカずにログインにバイトとして潜り込んで、後に独立してフリーライターになって、何冊も本を出せた。

夢は叶わなかったけど、妻や子を作れなかったけど、それでも20冊ぐらい本を出して、自分の作品もいくつかあるし、知名度もそれなりにある。

著名な知人も多くできたし、夢が破れた割には恵まれている方だなって思っています。

私個人はいいんだよ、私個人は。

しかし、私よりも真面目に生きて大学も出て、真っ当な道を選んできた同世代の人間が、かなりな数で非正規のままで結婚もできず、低所得に甘んじている。

私自身は自分で選んだ道なので良いんだけど、同世代の多くが就職氷河期で挫折させられ、就職できたとしても失われた20年で倒産したりリストラされたりしたり、リーマンショックで再雇用すらままならなかったのを見ているし、体験もしている。

私は自己責任でいいんだけど、同世代の多くの人は「自己責任」というには余りにも条件が厳しすぎやしなかったか? と思う。

就職だけでなく、高校受験も大学受験も、同世代が最も人口が多い世代なせいで、アホみたいな高校や大学にも今じゃ信じられないような倍率がついてきて苦労させられた世代だ。

つまりは中学、高校、大学と苦労させられてきた上に、就職も氷河期で差所からふるい落とされてきた世代だ。

これでも若い頃は、団塊の世代の優遇ぶりと自分たちの世代の不遇ぶりに対して怒りを燃やしてきたりしていたが、45歳にもなると、いいかげん自分の才能と運と実力に見切りがついてきて諦念すらただよってきている。

いろいろ諦めていたところに、こんどは企業や政府が「人手不足だから外国人労働者を受け入れろ」とかのたまっている。

あー、彼らは自分が棄ててきた世代、非正規低所得の甘んじている世代について完全に忘れてしまっているんだな、いや見なかったことにしているんだろうね。

自分たちの経営や政策が間違っていたことを目にしなくてはならないから。

しかし、このまま棄てられて他人の迷惑にならないように死んでいくしかないのかなーとか考えていたけど、少しは暴れた方が良いのかもとか思うように、またなってきた。

なにをどうするというわけでもないが「いい年漕いたオッサンが負け犬の遠吠えするのはみっともないな」とか思っていたけど、「負け犬の遠吠え」さえしなかったせいで、どうも我々の世代は「棄てられた上に忘れられた事にされようとしている世代」にされてしまっているらしい。

負け犬の遠吠えでも吠えなくてはならないのかもしれない。

手遅れでも存在をアピールしないとならないのかもしれない。

とりあえず我々は日本語喋れるし日本で教育を受けてきたので外国人労働者の受け入れよりもスムーズなハズだ。

ふざけるんじゃないと言いたい。

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