この世代差は埋まるのだろうか?

鳥越俊太郎の炎上は言うまでもなく、ちょっと団塊の世代の老人化というものが、ただ単に「老害」と言って片付けられるのであろうか? なんだか、我々はとんでもないモンスターを生み出してしまったような気がしてならない。

団塊の世代というよりも、今の50代以上の「好景気を知っている世代」と40代以下の「好景気を知らない世代」の格差が凄まじいことになっている。

それは上級国民とか貧富の差、世代格差といったレベルではなく、もはや日本人は二種類の民族に分かれてしまったような断絶さえ感じる。

そもそも「好景気を知っている世代」と「好景気を知らない世代」は、経済格差だけで断絶しているのではない。

パソコンやゲーム機、そしてインターネットやスマホの普及などによって、「ネットが主流の情報源」となっている「好景気を知らない世代」と「新聞や雑誌やテレビが情報源」となっている「好景気を知っている世代」はまったく世論が違いし、受けている情報も違う。

それはもはや「情報格差」と呼べるものではなく「世界観の違い」とさえ言えるようなものだ。

特に経済政策について聞いてみると、「好景気を知っている世代」はたいてい「子孫の代に借金を残したくない」など財政健全化をさせたがるのに対し、後者の世代は「好景気と賃上げ、財政出動をしろ」と言うだろう。

その他、外交問題内政問題経済問題エンターテインメントなどなど、あらゆる局面でこの世代の世界観はどうしようもないものになっているし、もはや埋めようがないほどに断絶していると感じる。

そしてやっかいなのは、人口比という点においては、「好景気を知っている世代」の方が多いのだ。

だから、政治家も官僚もマスコミもそちら寄りになるし、民主主義がこのまま維持されるならば、あと2-30年は埋まらないことになるだろう。

もうだめかもしれない……。

45歳の私などは「社会に出てから好景気を知らない世代」だがもっと下は「生まれたときから好景気を知らない世代」なのだ。

このまま前者は「勝ち逃げ」して死んでいき、我々は貧乏くじを引かされたまま、彼らのIT化も知らないような世代が残してきたツケを払い続けることになるのだろう。

なにしろ投票人口が勝てないのだ。

日本が民主主義である限り、これは続くだろう。

そして暴力革命が起きるようなことも「親を殺すような」ものであり、民族問題や階級問題のような感情的破綻もしにくいようになっている。

日本の閉塞感というものの源泉はここにあるのであり、実はもう解決しようがない問題なのだ。

そんな絶望感を覚えている。

何しろ彼らはネットを見ないので、我々がどう不満を溜め込もうとも、いろいろ改善策を言おうとも「聞いてやしない」のだ。

未だに古臭い財政再建論によって、また消費税が上がる。

変わりやしないのだ……。

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