地雷魚先生のライティング講座 その3 引き出しを作るという事

ネタの引き出しだけは天然では無理で努力が必要

地雷魚先生は、ミーハーでゲームも本も歴史も気軽に乗り換えます。そのせいで齟齬や軋轢が出たとしても、覚悟の上でやってます。

というのは、物書きというのは知識よりも「ネタの引き出しの多さ」が勝負になる商売だからです。

確かに1ジャンルに殉じるて、1ジャンルを深く掘り続けるというのも格好はいいんですが、研究者ならともかく、ライターにとっては、それは自殺行為です。

ライターは、例えば三国志を語りたいなら、春秋戦国や楚漢の歴史を調べるのは当然ですし、ローマ史やヨーロッパ史についても詳しくなっておいた方がいいです。

というよりですね「歴史ばっかりやっててもダメ」なわけで、お笑いやゲームやアニメや落語などの知識なども仕入れて、そういった知識を絡めることで文の面白さが増すわけです。

私のTwitterを見ていればわかると思いますが、できるだけ分野を限らずいろんなことを語ろうとしています。はっきり言うと、Twitterで影響力を発揮するには、一分野に集約して語るアカウントの方がいいですよ。それもわかってます。

しかし、それではライターは成長しません。

物書きというのは、「出来る限り万能の人」でないといけません。

三国志ライターになろうとしても、三国志の知識だけでは正史すら満足に読み取れません(つか、本文自体古典の引用だらけだ)。それをさらに現代の人に語るには、現代のわかりやすい知識が必要です。

専門ライターだからこそ、専門外の知識は広く必要になるんです。

ライターは読ませる職業ですから。

この「話の引き出し」だけは、自分でそうなるように努力しないと広がりません。

「知らないことがあったら、喜んで調べる」

物書きになりたいのであれば、専門知識より一般知識を広く吸い取るように、わりと自分で意識して広げていかないとだめだと思います。

専門知識を一つ摂取したら、それを語るのに3つのなにかを摂取する。

それがライターという生き物だと思います。

特に歴史系の物書きの人たちで、研究者ならともかく、ブログや記事ライターの人たちとか、その辺がめちゃくちゃ弱いよなーと、わりとヤキモキしたりしています。

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