歴史マニアが軽視する歴史創作物

本当さっきアップした記事と正反対の事を書くので気が狂いそうなのである。

「織田信長人気」の起源と変遷〜実は戦国No.1人気になったのはつい最近?立役者は司馬遼太郎?黒澤明?KOEI? – Togetter https://togetter.com/li/1271758

こういうまとめがあった。

これで講談本とか語られているのに、吉川英治や海音寺潮五郎や山岡荘八(一人だけツイートあったね)などなどの「昭和の歴史小説家」の名前がほとんど出てこないのである。

史実についての語りならともかく「現代の信長の大衆的イメージ」を語るに当たって、昭和の歴史小説について語らないのは片手落ちだろうと。

昭和の頃は、今よりもエンターテインメントの中で小説の地位は高かったし、それをもとにしたビジネス書やビジネス記事も多かった。

言ってしまうし、今よりも「歴史扱い」されてしまっていたぐらいだ。

もちろん、今になって司馬遼太郎などの歴史小説は「あくまで創作物」として史実を重視していくようになった、現代の歴史マニアたちの在り方は正しいし重要なことだと思う。

そのせいで危惧しているのが、それが進むあまり吉川英治や海音寺潮五郎や司馬遼太郎、隆慶一郎などの歴史小説家の功績を歴史マニアが係止しているような風潮が見受けられるのである。村上元三や藤沢周平、永井路子や山本周五郎など、どんどん語られなくなっていく作家も多い。

しかし、こんどは「大衆的イメージ」を語るに当たっては、これらの歴史小説家の役割は大きいだろうし、昭和戦後史においては今からは想像もつかないほど小説家の地位が高く、影響力も大きかった時代なのだ。

私も経験があるが、「歴史マニア」になると、つい歴史小説や歴史漫画や歴史ゲームなどを、歴史資料や学術書から一弾下に見てしまいがちだ。

しかも、このように「大衆的イメージ」や「武将像の移り変わり」などを考えるに当たっては、こんどはそういった歴史小説などが「歴史的資料」になっていくのである。

そういう区別ができないようでは、逆に「歴史を語っている」事にならないのである。

本当に面倒くさい事を言っているようだし、前の記事と正反対なので戸惑う人も多いかもしれない。

しかし、前の記事とこの記事は表裏一体であり、どちらも大切なことなのだ。

両方の姿勢を持って初めて、歴史を語れるのである。

注意してね!
吉川英治の小説本当文章綺麗だし、みんなもっと読もうね!

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コメント

  1. にょん より:

    私やその周りの友人なんかだと、まず最初に光栄のSLGで人物に興味を持って
    次が横山光輝さんや池上遼一さんの漫画、そして吉川英治さんの小説って感じでした。
    横山光輝さんの漫画は原作が山岡荘八さんだったりしましたね~。
    三国志新聞は全ての流れを一通り抑えた上でジョークがわかる人が読むべきだと思っております(笑)