連作 神来の戦妃

狂王の後継者のあとぐらいに書きはじめて途絶えた作品。

連作 神来の戦妃

将の傍らに女がいる。

“神算”と呼ばる予知の力を持ち、

“鬼謀”と称さる思考を以って、

戦の趨勢を決す戦場の乙女たち。

血を購う戦場に現るる艶やかな姿、

人は彼女らを”神来の戦妃”と呼んだ。

第一話 鬼神

数ある諸侯の子弟の内でも出色の出来物ではないか、とコー・ナギ家の第三公子は、しばしば巷間で噂される。

それは決して故なき事ではない。事実、件のコー・ナギ家の三男ハルシュは幼少の時より文武に才を発揮し、わけてもその武勇は冠を絶したものがあり、齢一四にして初陣して以来、その武勲は数知れぬという。

北フォーリスの東端に位置する王国コルア。大国とも小国ともつきかねる国力の中堅国家ではあるが、その歴史は古く、王室の血筋は東部フォーリスにある太古国は”光寧”の皇室に次ぐ由緒を誇るとされる。

とはいえ今もフォーリス屈指の大国として威を振るう光寧とは違い、それほどの歴史を誇りながら未だに列国の中に抜きんでる事も出来ずに”長老”として振る舞う以上の影響力を持てぬまま今に至っているのであるから、口の悪い歴史家に”徒に歳月を重ねた”と書かれるのは致し方ないところであったろう。

そのコルアの南方に領する諸侯の一つがコー・ナギ伯爵家である。国境を接する太古国光寧よりの脅威の盾として広大な領土を与えられた武門の家であり、代々その困難な任を果たしてきた。

名将 将を輩出してきた名誉の家たるコー・ナギ家だが、当代に生まれた第三公子は、歴代のコー・ナギの男たちの中でさえ傑出しているとのもっぱらの評判であった。

しかし、なにぶんにも遠い辺境の事であり、王都ルッツの人士たちは未だにその評判の公子については噂と武勲を耳にしているに過ぎない。逆に言えば南端の辺地にある公子の噂が都に届くというのも尋常な事ではなかったと言えるのだが。

そのコー・ナギの第三公子が、十八となり元服したのは月明暦220年の春である。成人したコー・ナギ・ハルシュが、元服の挨拶としてルッツを訪れると伝えられたのは、それから間もなくの事である。宮廷に元服の報告と挨拶というのが表向きの理由であったが、その真意は己の伴侶たる”神来の戦妃”を娶るためであるというのは、誰目にも明らかであった。

「なんと狭苦しい所だ」

ハルシュが洩らした、コルアの王都ルッツに対する最初の感想がこれで、後々までその印象は変わることがなかった。彼のルッツへの登場は、その後長く語り種になったほど型破りで、ある意味で華麗であった。

(なんだ、あれは……)

物見高いルッツの民たちは、噂の公子のあまりな登場ぶりに、息を飲んで彼を迎えたという。

このハルシュというコー・ナギ家の御曹司は漆黒の重装備に身を固めた一個大隊約500人もの騎兵を率いてルッツ都城に入城してきたのである。銃身の短い騎兵銃と馬上槍を装備し、腰に擲弾筒を身につけたこの騎兵団は、俗に”竜騎兵”と呼ばれる装甲擲弾騎兵という兵科に分類される。馬上での射撃を可能とし擲弾による迫撃を行う、時にあって圧倒的な打撃力を持つ兵科である。つい近年、東部フォーリスのクォーダという傭兵国家で創始されたこの”竜騎兵”は、列国ともその威力を認めながらも、兵器開発の遅れや運営の困難さなどの理由から、ほとんどの国では未だ実用化されていない特殊な兵科である。コルアの中央軍ですら持っていないその竜騎兵を、一個大隊ほども率いてハルシュはルッツを訪れたのである。

粛然と一糸の乱れもなく竜騎兵は都の大路を進んでいく。そして、その隊伍が半ばに至るとき、人々は見た。

コー・ナギ・ハルシュ。齢十八。その武勲数ありと言えど、所詮は武骨な辺境の田舎漢に過ぎぬと、多少問わず軽んじていた都の人々は、まずその印象を覆された。

ハルシュは一般的な水準を越えた美男と言えた。代々、美女を娶り続けることが可能であった貴種の血が結晶し、彼の端麗なる容姿を作りあげるという現象は、しばしば大貴族たちの間で見うけられる。おそらくは、漆黒の髪に紅の瞳という異相に彩られた辺境の公子は、都にも稀な容姿を持って現れたのである。

その美丈夫ぶりにハルシュを見に大路に集まっていた都の人々は、さらに呆然とさせられた。

次いである程度より観察力に優れた者は、彼の都を睥睨する冷徹な瞳に宿る強烈なまでの苛烈さを見て取り畏怖したという。しかし、これはハルシュの活躍が顕れるにつれて後づけされた印象であり、あまり当てになるものではない。ただ、一見柔弱にすら見えかねない美貌を持ったこの公子の全身より漂う、研ぎ澄まされた周囲に緊張感を強いる鋭気を都の人々は漠然と感じたのは事実のようである。

人の集まる都市という存在は、人多き故に”評判”や”伝説”といったものを作り上げ周辺地域や後世に供給していくという役割を持っている。ハルシュはすでにその武勲によって名を知られてはいたが、所詮は辺境より伝わる伝聞に過ぎない。ハルシュの名が後世とコルや周辺諸国に響き渡るのは、実に皮相的な事ではあるが、この巧まざる演出となったルッツ入城とその容姿によってであった。

巷に噂も高き辺境の若き公子の訪れに、もっとも浮き足立ったのはルッツの王城近くに設けられているルージュア女学院の乙女たちであったろう。

コルアはおろかフォーリスを見渡しても、この当時にあっては珍しいこの女学院は、まったく戦妃たちを養成する事のみに存在意義を与えられている施設である。

コルアといえば神来の戦妃の存在が挙げられるほど、この特徴のない古国の奇妙な女たちを戦場に帯同するという風習は伝統があり有名であったが、かの戦妃たちを専門的養成するルージュア女学院の歴史は意外なほど浅い。

「ねえねえ、聞いた?」

「あの、コー・ナギの公子様の事でしょ……」

「なんかすっごい美形らしいって」

「って、どんな?」

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