ゲームの歴史の語り方

歴史ライターとゲームライターを兼任しているので、わかるのだが、どうにもここ最近、このギャップで苦言を呈していることが多くなって、我ながら小言ジジイみたいでいやなんである。

まず、ゲームクリエイターやゲームライターの人が、創作物を重視しているあまり、歴史を語る上での基本をないがしろにしていたり、あるいはそもそも歴史を語るイロハを知らなかったようなことある。

言ってしまうと、歴史を語るにおいて歴史小説や歴史ゲームなどの歴史創作物をいくら積み重ねても、それは歴史にはならない。

創作物はどんなに積み上げても歴史にはならない。

小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』や司馬遼太郎の小説をいくら読んでも、歴史を知ったことにならないし、そんなものをソースにして歴史を語っていたりしたら笑われるだけだ。

少なくともそういう「創作物」を歴史として認めてしまったら、残るのはアジテーターばかりであり、左右どちらでもいいから傾いてしまった危険で迷惑な存在になるだけなのである。

歴史というものは、事実の積み重ねであり、その積み重ねによって「史実」が固まっていく。

「史観」などという言葉は、司馬遼太郎以降流行りだして使いたがる(私も言葉のインパクトをもたせるために【ドラクエ史観】という言葉を最近か使った・・・)が、たいていの「史観」というものは、創作物やトンデモ論文などが元ネタになっているだけのものだ。

本来、歴史というのは事実と資料と考古学によって積み上げられていったもので、そうそう揺れ動いたりしないものなのである。

中国史には「二十四史」という正史があるが、それらはいろいろ毀誉褒貶はあるが、意外なぐらい揺らいでいないし、考古学的に証明されていって補強されていく傾向すらある。

事実、資料、考古学などを重視して積み重ねるのか「歴史」であって、そこから飛び越えてしまったら、とたんに「創作物」になってしまう。

あと注意するのは口伝や証言などは意外なほどアテにならないということも考えに入れておこう。

私もゲームの歴史を語ったりするときがあるが、実は自分の記憶で語るのはあまりやっていない。というより、自分の記憶で書くときが多くなるので、これまであまり「ゲームの歴史」として書くことを避けていたりもするのだ。

だから、私はログインの紙面を貼り付ける事やプロジェクトEGGで再プレーする事を重視している。

このように「ゲームの歴史」を語るのであれば、発売日や実際のプログラムや当時の紙面などの資料を丹念に発掘することを重視してもらいたい。

逆に忠告しておきたいのだが、「当時の開発者に聞く」スタイルのインタビューだ。日本のゲーム史だと、これが異様に重視されているが、歴史においては「当事者のあとになっての証言」はかなり低く扱われるものだ。

実際、人の記憶は時間が経つにつれ都合のよういように変質していくものであり、嘘を付くつもりがないとしても、かなり事実と食い違う事が多いのである。

私が語る「パソコンゲームの当時の様子」も話半分に聞いてほしいぐらいだ。

だから、よくある「当時にスタッフに聞く」は「参考資料」にはなっても、そういったものを積み重ねて「歴史」にしてしまう事は本当に避けてほしい。

今は本当にこれが多いが、そのせいでかなり「現代の価値観で当時の時代を語る」というゆがみ方をしてしまっているのが、現状の「ゲーム史」だと思う。

まずは、無味乾燥かもしれないが、実際に存在した事実としてのゲームそのものや、関係スタッフ、当時のゲーム雑誌などを丹念に検証することによって、まずは資料と事実の洗い出しをする事が大事になるだろう。

さらに当時の物価や風俗史などを検証して、「できる限り当時の価値観」といったものを割り出す必要がある。

こうして、できる限り当時の空気をフラットに見られるようにしてから、ようやく「関係者のインタビュー」をして、史実を浮き彫りにしていくという手順が必要なのである。

現状は、あまりにも現代の価値観で「当時の関係者のインタビュー」をしてしまって、それで「ゲームの歴史」を語ってしまっているという傾向が余りにも強すぎると思う。

「歴史」というものは実は「遡る」ものではないのだ。

それ以前の歴史から「積み上げる」ものなのである。

実際を言えば、コンピュータの歴史から少しずつたどって行くのが大事だろう。

実際、アメリカなどのゲーム史はまずそういうところら始めていて、やはり歴史として扱われているのを感じる。

面倒くさいことを言っているかもしれないが、本当に「ゲームの歴史を遡る」という考証の仕方が余りにもメジャーになりすぎて、このままでは相当に歪んだ「ゲームの歴史」が残されていくのではないか? という危惧が大きい。

例えば、ゲーム単体でさえ『ザナドゥ』というゲームを語る人が、後世の印象で「『ザナドゥ』は有限のリソース管理が重要な奇怪なゲーム」として扱っていたりするのを読むと、この危惧は当たっているような気がする。

当時『ザナドゥ』を遊んでいたユーザーは、むしろ『ザナドゥ』のリソース量は当時のゲーム的感覚では、あまりにも膨大であり、有限のリソースの壁に気づく前にエンディングまで到達していたのだ。

わかりやすく書くと、これが「歴史を遡る」ことの弊害なのである。

RPGの「歴史を積み上げて」いく読み方をしていたら、『ザナドゥ』のゲームのリソースはそれまでのゲームに比べて、画期的なまでにボリュームが大きかったのがわかる。当時のゲーマーとしては、遊びきれないと感じるほどであったのだ。

実際『ドラゴンスレイヤー』から『ザナドゥ』への進化はとんでもなかったし、当時の「続編」としてなら『ハイドライド』が『ハイドライドⅡ』になるぐらいが常識的であったのだ。

そのため同時期に遊ばれていた『ハイドライドⅡ』が『ハイドライド』の人気をから見ればもっと健闘できたはずなのに、『ザナドゥ』の人気に追いつけなかったのかもわかるし、『ザナドゥ』を遊んだゲーマーたちから「物足りない」という感想を抱かれてしまったのかもわかる。

さらにいえば、『ザナドゥ』以降、パソコンゲームのRPGが「物量主義」になっていってしまったのも辿れるのだ。

本当、「歴史を現代から遡る」というやり方は便利かもしれないが、それは正しく歴史を誤るやり方なので注意していただきたい。

これが歴史を語る上での「初歩中の初歩」なのであり、これを守るだけでもか「日本のゲーム史研究」は飛躍的に発展する筈なのだ。

地味とは言わずにそうした地道な努力から「歴史」というものは作られるものだと思っていただきたい。

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