やさしい世界にありがとう~『とらいあんぐるハート』シリーズ~

俺の世代からすると今更『とらいあんぐるハート』シリーズの功績について語るのは、なんだか、当たり前に過ぎて気恥ずかしくなってくるものだが。

2018年になってみると2000年代エロゲーで後の世代の子たちにとっては、葉鍵系と型月系と少しアージュ系が語られるだけになってしまっているようだ。

むしろ、その少し後に現れたラノベたちの方が有名かもしれない。

そうではない、それ以外にも2000年代のエロゲーは『日本の創作世界史に残るべき豊穣の時代であったのだ』と少しでも語り継いでいくのが、当時、ちょっとばかり業界にも関わっていたことがある者の義務ではないかと思ってしまったのだ。

懐古厨と言わば言え。

ちなみに『リリカルなのは』は完全に別物だし、別でいいと思う。

とりあえず『とらハ』バンザイ!

やさしい世界にありがとう~『とらいあんぐるハート』シリーズ~

失礼ながら葉鍵系ほどにはメジャーではなく、かといって隠れた名作というほどマイナーでもない。そんな実にコアな広がりを持つ萌えゲーの名作『とらいあんぐるハート』。プレイした者の心の琴線に触れる事では、葉鍵系にも劣らないこのシリーズの魅力を語ろう。

2001年、6月。

とある美少女ゲームのシリーズが完結した。

『とらいあんぐるハート リリカルおもちゃ箱』というバラエティCD-ROMの中のミニシナリオ、というよりは“外伝”と言っていいほどのボリュームのあるシナリオを以ってゲームとしての『とらいあんぐるハート』シリーズはひとまず終了するという。

元々、『とらいあんぐるハート』シリーズ本編自体が『とらいあんぐるハート3~SweetSongsForever~』で三部作として完結しており、『リリカルおもちゃ箱』はその“余韻”といったソフトであったので、まさにソフトとしては“大団円”を迎えたと言ってもいいだろう。

考えてみると、ゲームソフトのシリーズ自体が見事に“完結”し“大団円”を迎える事など滅多になく、たいていは中途で尻切れトンボに終わる。

または見るも無惨にシリーズを汚していくような結果になる場合が多い、というよりそれが常態ですらある。

そんな中、ファンに惜しまれつつ、最後まで人気もシリーズの質を落とす事なく“余韻”まで迎えて大団円といってもよう結果に終わった本シリーズは、まことに幸せなシリーズであったと言えるだろう。

そして、この作品のファンならば、誰もがそれに相応しいソフトであると言ってくれる筈だ。そう、このシリーズは“幸せにハッピーエンド”を迎える事が何より大切な、そんなやさしい物語世界を持っていたのだから……。

今回はひんなファンの一人として、このシリーズが持つ“やさしい世界”と、その世界に住む“やさしい人々”について語ってみたいと思う。

まずこの『とらいあんぐるハート』シリーズ、確かにコンスタントな人気を保っており、ファン活動なども盛んな作品なのだ。

しかし、マイナーというほどではないにしろ前著『美少女ゲームマニアックス』でも語られなかったように、葉鍵系ほどの人気も語られる事も少なかった作品である。

しかし、だからと言って、この作品がそれに劣っているとは筆者は思っていない。ある意味、不幸を売り物にして売っているような鍵作品を代表とする感動系などと比して、幸福を売り物にして感動を紡ぎ出すこの作品は、実に稀有な作品と言ってもよいと思う。

実際、ストーリーテラーにとって幸福で感動を生み出せすのは難しいというのは、古今東西の娯楽作品に共通する創り手側の認識である。

それをあえて堂々と、気恥ずかしくなるまでに王道の物語を辿りながら、キャラクターたちに幸福を求めて達成することによる感動を織り成すこの作品は、ある意味、よくある感動系の美少女ゲームよりも遥かに難しい道を採っているとすら言えるのである。

そのあまりにも王道な物語性のせいか、あるいは屈折や不幸の方が語りやすい(これはどんなジャンルの評論家にも共通する悪癖である)。

ファンたちの心に残るという意味では決して劣らないというのに葉鍵系などに比べてあまりにも熱心に語られなかったこの作品について語る事は、美少女ゲームを語るについて是非とも必要かと思われる。

つーか、前巻でやっとくべきだったな()

とらいあんぐるハート

記念すべきシリーズ第1作。

主人公は風芽丘高校の高校生として幼馴染の二人をはじめとするヒロインたちと出逢い恋をするという、実にありがちな設定。たいていの人は、この作品をはじめたとき、あまりにも平凡な学園物美少女ゲームっぷり、しかも発売年度を考慮しても決して完成度が高いとは言えない様子に「どうして一部で好評なんだ?」と疑問にすら思うかもしれない。

しかし、物語が進むに連れて、まずこのシリーズのもっとも判り易い特徴が浮かび上がってくることに気がつくはずだ。

それまでの美少女ゲーム、特に純愛物系統のゲームの場合、目的の美少女キャラクターとのセックスは最終目標であり、ゲームの最後にくるものであった。しかし、この作品が画期的であり、他にもいくつかも追随者を生み出した点は、ゲームの中盤でヒロインたちと結ばれ、“その後”が丹念に描かれる部分であった。

身体を重ねた後に続く、ラブラブな睦言やシチュエーション、そして身体を重ねるだけでは解決しないさまざまな問題など、“その後”を語り出す事でむしろヒロインたちとの“関係性”を描いていくという試みは、実に画期的であり、感情移入の度合いを非常に高めてくれる効果を持っていた。

また、美少女ゲームにおける“エロゲー”としての役割についても、身体を重ねていくうちに少しずつ習熟していくセックスの描写という部分で補完できるのも、一石二鳥であったと言える。

そんな判り易い部分に気がつくとやがて、実にこの作品のヒロインたちがよく描かれている事に気づき始めてくるはずだ。

この『とらいあんぐるハート』は、一見、ごく普通の学園モノに見える作品であるが、国家資格として“忍者”があったり、ヒロインが人以外の存在であったりするという、ちょっと変わった設定か散りばめられた異世界であったりする。

しかし、異世界ファンタジーのように世界の危機といった大きな物語とは発展せずに、ヒロインや主人公たちはたとえ人とは違った存在や立場であったとしても、一人の人間として悩み、恋をし、そして自分を乗り越えて幸せになっていくという物語構造を持っている。

セックス描写についても同様であったが、このあたりの主人公とヒロインたちの感情表現や日常描写が、このシリーズでは実に個性的であり、さらに緻密なのがシリーズを通じた大きな特徴ともなっている。

このシリーズに共通するテーマはこの部分にあって、“人と人との関係”にある。ヒロインと結ばれたあとの恋人同士の二人。結ばれたあとでの周囲の反応。

それまでの友人であった幼馴染たちとの関係など、などなどそれまで美少女ゲームはたいていヒロインと主人公の11での関係が描かれるのみであった。

そして特定のヒロインとのフラグが立つとその他のヒロインたちは自動的にフェードアウトしていったものであった。

だが、この作品では特定のキャラと結ばれた後にも、他のヒロイン候補たちが登場は、時に祝福し、時に複雑な思いを表現し、時に助けてくれ、時に無関心であったりと様々に、二人との関係性を描いていくのである。

そもそも『とらいあんぐるハート』のタイトル名からして三角関係を匂わせるネーミングだが、三角どころかこういった人間関係が織り成す多角系を描いていく作品が、このシリーズであり、そしてそういった関係性をも描く事でヒロインたちの魅力が光り、個性が煌き、存在感が顕わにし、そして萌える。

そんな魅力に溢れる作品であった。

ちなみにとてもキャラの個性や萌えが際立った作品であるので、本当はメチャクチャキャラ語りをしたいのであるが、それだと本作だけで1冊書いてしまいそうなので、血涙を流しながら控える事にする。筆者にとって最萌キャラである綺堂さくらについて100ページぐらいたっぷり、だ。くそう。

↑キャラ語りができないのが死ぬほどツライというぐらい魅力的なヒロインが多数登場して感動的な物語を提供してくれます。『とらいあんぐるハート』

とらいあんぐるハート2~さざなみ女子寮~

前作がキャラデザイナーでありシナリオにも携わっている事実上、このシリーズの原作者とも言える存在である都築真紀氏らしさが顕著に顕れる作品が、この作品以降である。

主人公は物語の舞台となる“さざなみ寮”という女子寮の管理人となり、女子寮に住む女の子たちと絶していくというのがこの作品の設定である。

前作では舞台が学校であったため、このシリーズの特徴である“関係性”はある程度のものにならざるを得なかったが、この作品では文字通り同居人として日常生活をヒロインたちとともに過ごしていくことになる。

そのため、描かれる関係性もさらに濃密になってきているのが、2の最大の特徴であると言えるだろう。この作品ではほぼ物語りはさざなみ寮を舞台にして天界するため、面白いことに結ばれたヒロインと“二人きり”になるほうが少ないというシチュエーションになってしまっている。

そのため特定のヒロインと結ばれた後も、他のヒロインたちと接していくことになるし、内緒にしたり寮内公認になったり、冷やかされたり、応援されたり、していく。

また主人公を介さずヒロインたち同士のかけあいなどがそこかしこで展開されていたりして、よりいっそうキャクラター同士の“関係性”が濃密に描かれるようになったのである。

また2における大きな特徴は、超能力者、退魔師、猫娘などなど、人外設定がより一層顕著になってきたことだろう。

ほとんどのヒロインたちは、それぞれの役割に沿った運命や悩みを持っており、主人公は恋人として、兄として、父として、などなど様々な役割を通じて彼女たちとの“関係”を築いていくのである。このシリーズにおいて共通することであるが、かなり過酷な運命を持たされたヒロインも存在するのだが、全てのヒロインたちはその運命に押し潰されず前向きに立ち向かって自分たちの幸せを掴もうとしている。そして周囲は、それをやさしく見守って、時に助け合っていく。

まるで理想的な家族のようなやさしい空間がさざなみ寮においては展開していくのである。

実は『とらいあんぐるハート2』という作品の最大のテーマとはこれではないだろうかと筆者は思っている。この作品では、ほとんど全てのキャラクターたちが両親がいなかったり、家出していたりするなど家族とは縁遠いのである。

そんなキャラクターたちが、さざなみ寮という避難所(アジール)において、家族を再構築していく過程とも言える物語がどのシナリオでも語られているのである。

さざなみ寮の人々はみな、家族に恵まれず、だからこそ寮内の新しい家族たちに対してとことんやさしい。

恋愛関係だけでなく、そんな擬似家族関係とすら言えるほどの濃密なる人間関係が描かれる物語。それが『とらいあんぐるハート2』の最大の魅力なのである。

↑ヒロイン同士のかけあいが、このシリーズの魅力だといっても過言でではないだろう。『とらいあんぐるハート2』

とらいあんぐるハート3~Sweet SongsForever~

「擬似家族関係とすら言えるほどの濃密なる人間関係」が描かれていた『2』からさらに発展して「血の繋がりは薄いが本当の家族」が描かれるのがこの『3』である。

舞台は高町家というさざなみ寮と同じ町内の家。ヒロインたちのほとんどは、義理の妹であったり、養女のように同居していたり、ほぼ家族同然の関係がはじめから形成されているのである。

ちなみに『2』のテーマは「いっしょに暮らしてくれますか?」であり、まさに擬似家族を形成する過程が描かれるのを表現していたが、『3』のテーマは「守りたいものはありますか?」である。

そう『3』では物語的な構造として『2』では家族関係を再構築するのに対して、『3』でははじめから構築された家族関係を壊そうとするもの(それは外敵であったり、自分の中にあったりする)かせ守るという、ほぼ対といってもよい構造となっている。

この“擬似家族”というテーマは、実は美少女ゲームにおける一大テーマである。

妹萌えや母性の追求などをはじめとして、ここのところ美少女ゲームには無意識的というか市場の動向として擬似家族をテーマにしたものが増えている(妹が12人もできたりな・笑)

おそらく現実社会において壊れかけている家族関係を補完しようとする、切ない欲求が無意識的に美少女ゲームのプレイヤーたちに働いているのではないだろうか?

実際のところ、恋愛もセックスも行き付くところは、新たな家族の構築であり、決してそれだけが独立したものではない。

ところが、元々美少女ゲームは不思議なくらい家族と縁遠いものであった。

それも当然で家族の存在が恋愛を描くのには邪魔となるのだから。

しかし、ここ最近ではどうもその反動なのか家族、あるいは擬似家族といってもよい部分を執拗に描いたものが増える傾向にあるのは、恋愛とセックスをテーマにした作品の本卦帰りとも言える現象ではないだろうか?

そんな擬似家族を構築と保守を見事に描き出したのがこの『とらいあんぐるハート』であり、このシリーズの実に居心地のいい“やさしい世界”の魅力の源泉はそこにある。

はじめにこの作品の魅力は“関係性”にあると書いたが、その関係性が進むに連れていきついた答えが“やさしい家族”であるという、実に甘くて心地よい幸せな世界がこのシリーズにはあるのであった。

そう、テーマを投げかけるだけでなく、見事に答えを導き出して完結したのが本シリーズであった。誠に見事と言うしかない。

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