アズールレーン母港に来た順レビュー その172 浦風

旧正月イベで資金が足りん……

駆逐艦浦風(重桜)

きみこのおっぱいでくちくかんはむりでしょ!

実は戦国オタクの駆逐艦だけど、クリスマス衣装の「ショーグン・ナタラ」にはびっくりした。

今から約450年前、16世紀後半から日本ではポルトガルやスペインなどの南ヨーロッパの国々との交渉が始まり、貿易も活発に行われるようになった時代。

最初にキリスト教を日本にもたらしたイエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルが薩摩に着いたのは1549年のことである。

キリスト教で初めてクリスマスを祝ったのが4世紀中頃ということなので、ザビエルが日本に滞在していた時もクリスマスを祝ったはずであるが、その記録は残っていない。日本で最初に表れたクリスマスの記録は、1552年12月25日のもので、ザビエルが日本に去った後、周防の山口町(山口県)でコスモ・デ・トルレス司祭のもとにクリスマスが行われた。

これが、記録に残っている日本で最初のクリスマスだと言われている。当時クリスマスは、ポルトガル風に「ナタラ(ナタル)」と呼ばれていた。

当時のクリスマスは、主に布教活動の一つとして、宣教師や日本人キリシタンによる創造主やイエス・キリストの生涯についての説教が行われていた。その後、村人達と共に食事をした。

また、ナタラと呼ばれたクリスマスも次第に盛大化してくる。1566年キリスト教が盛んだった島原半島の口ノ津という港町の教会では、少年と少女による合唱隊が歌い、正月用の門松が各家の前に飾られた。

1563年、平戸の教会ではクリスマスにキリシタン同士による贈り物を交換する風習もあったという。

さらには1568年、堺の近くで対陣していた織田信長と松永久秀両軍それぞれにいたキリシタンの武士が、堺の教会にいた宣教師ルイス・フロイスの呼び掛けによりクリスマスが行われた。町の近くで対立していた敵味方のキリシタン武士約70名が集まり、和気あいあいとクリスマスが行われた。この出来事は、クリスマス休戦と呼ばれている。

http://kwww3.koshigaya.bunkyo.ac.jp/wiki/index.php/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%82%B9

こんなの私知らなかったよ!

この子の戦国趣味はにわかではなく、本当に深いんだなーと感心してしまった。

というか饅頭開発よく調べているなー。

というわけで磯風と共にけっこう贔屓してレベル上げてます。

かわいいよね浦風と磯風。

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